2006年06月23日

迷惑の基準

最近、犬を16匹飼っていてにおいや騒音がひどいということから行政に指導を受けた人のニュースがありましが、その処置について、こういうケースは非常にむずかしいとテレビのニュースで出ていた弁護士の解説者が言っていました。

それは、迷惑と感じる尺度が人それぞれで異なるからです。

今回のケースでは犬の死体の処置をしていなかったりして、匂いがひどく、誰にでも明らかに異常と思えるものだったようですが、犬はたとえ1匹でもそれなりの鳴き声と匂いがするものです。

それは動物好きかそうでないかで感じ方はまるっきり違うのはあたりまえ。

ピアノの音にしても同じです。

少々大きな音でも気にならない人もいれば、ちょっとした音でも気になる人もいます。

前出のような、誰にとってもあたりまえという状態でなければ、法的・公的な指導はできないようです。

とすれば、自分が迷惑に感じることは、どうしたらいいか。
逆に、特定の人たちから迷惑と思われていることがわかったらどうしたらいいのか。

それはやっぱり、当事者通しできっちりと話し合うことだと思うのです。

きれいごとかもしれませんが、お互いの言い分を聞いて譲歩できるところは譲歩しないと何事においても進展はありません。剥きになって自分の主張を通すことは、たとえそれが正論であっても軋轢を生む元になるのじゃないかと思います。

まずは勇気を持って話合うのはいかがでしょう?


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posted by 山本家のおとうさん at 07:54 | 京都 ☁ | Comment(0) | おうちのコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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